私は戦後29年の生まれ。戦後と言えば当たり前だが戦後。でももう9年経過していると、戦後は戦後だけども少なくとも昭和22,3年とは違うし、食べ物に困った記憶はない。
でもね、戦中の記録を見るにつけ、食べ物とかなんだとか以前に、今日を生き抜いた、それがなによりも大切な事だったのは言うまでもないのだ。経済が止まる、確かに。売上がない、確かに。でも生きていけるだけの環境は自分さえしっかりと守っていれば外的要因で死に至ることは無い。
そこんところだと終戦9年してこの世に出てきた「俺」は思うんだけどもね。人に迷惑かけるな、これさえ守れればおのずと夫々が今スベキ事は何かを人様に言われなくては理解できない、ポン助揃い踏みの日本でもないだろうにな。とは言っても生きて来た社会は意見が違うと夫々が常識と考えている事が常識ですらなくなっているのも事実だわな・・
今、本当に議会活動しているとそれが理解できる様になったな。田中 角栄、宮沢 喜一この国を背負っていた政治家が言っていた言葉「政治の中枢に戦争体験者がいるうちは心配ない。いなくなった時、本当に注意しなくてはならない。」御意だね。