お陰様で友人は多い方だと思っています。しかし、本当の竹馬の友は極少なく、竹馬の友を定義づけするとしたならと以前考えてみた時、幼き頃からの友達、と言う表現ではなかった。自分が自分自身を裏切ったとしても、アイツだけは俺を裏切らない。この定義が私の竹馬の友なのであります。
先日、録画していたバラエティ番組を夕食の際に再生して見ていた。番組ラスト前に流れたストーリーに涙した。そして深く彼ら、彼女らへの思いを暫く思い考え続けた。1950年代中頃まだベルリンの壁ができる前の東ドイツでの実話。当時のソ連が占領し厳しく統制されていた時代に、ラジオから流れた人民が多数殺害された事件に対し、黙とうをクラス全員で5分間しょうと、一人の高校生が提案し、それをクラス全員が実行し教師の問いかけにも5分間無言を貫いた。その結果共産主義を支持している教師はこの黙とうの首謀者探しを色々な方面に働きかけ行う。高校は生徒たちに圧力をかける。大学受験資格を与えない(番組では退学同然の処罰と説明していた)
首謀者を告げれば罪は問わない、と飴を与える。首謀者の生徒はこれ以上クラスの仲間に迷惑はかけれないと、両親に事情を話し西ドイツに亡命することにした。このことは二度と両親、友人、などに会えない事を意味している。亡命の事を友人に伝え、亡命したら、クラス全員で自分の名前を告げれば良いと伝え、亡命に成功した。
高校では亡命した生徒が首謀者と睨み、クラス全員にその事を確認するが、全員は口を揃え「黙とうはクラス全員で考えた」と言う。結果、退学となるが、彼らは大学受験に合格したのだ・・そう、西ドイツに亡命したのだった。全員が亡命した訳ではないが、残った生徒について、高校は残ったということは無関係と判断し、受験資格を与えたのだ。
18,19の少年たちのこの行動。とても言葉で表現できないと感じた。彼らを突き動かしたものは何なのか。良い番組をみれた。